徳川園

起源は尾張徳川藩の二代目藩主、光友の隠居所。明治以降は、尾張徳川家の邸宅として利用されていました。昭和6年に徳川家から名古屋市に寄贈されましたが、空襲により当時の建物や樹木が焼失してしまいました。、戦後、都市公園として整備、2001年には、日本庭園として再整備された新しい庭園です

主には池を中心とした回遊式庭園ですが、土地の高低を利用して狭いながらも豊かな景観になっています。

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